母の日 緑黄生活風100 じぶん模索

緑黄生活風100

つづってつづるそんな日々。

じぶん模索からの脱皮

あたしの最近を振り返ります。
先ず嫌な問題。ずっとあったんだけど、ちゃんと明確にするのは初めて。
全ての物事を自分中心に考えるところ。深く考えるときも自分が主体なのです。 ではなくて、常に『周りが楽しくなれるにはどうするか』で考えられるようになりたい。
此処が発展箇所かなって。
あと気になったのが昨日の情熱大学のMTGで発言をした際、あたしの発言がみなに共有してもらえなかったぽい点。今まではああやって話すと、『ああ、分かる!!自分も!!』ってパターンが多かった。高校時代。それだからすっげぇなんかもう、どうしようかと思った。あたしの思考回路はやっぱおかしいのかもしれん。

AOが殆ど進んでいない。あれじゃあ受からない。
そして多分その現状から派生して、もういいんじゃないかって思ったり。でも今遣らなきゃ後悔する。やる。だからやるんだ。
  1. 2007/08/17(金) 11:32:34|
  2. じぶん模索
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答えがあるのはみえないのだが

お久しぶりな日記。書かなかった間に沢山の事がありました。
生活が大きく変わった様な気もする。
先ず、AO受ける。
これが私の最後の大学受験。全て実力でいける状態な今。受かっても落ちても、之でキッパリ終わらせたい。
  1. 2007/07/30(月) 04:23:04|
  2. じぶん模索
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生きてる理由

私は
何のために生きているの?


何のために生きているの?
何故生きているの?

あああ。疑問に思ってしまった!!
そして
やっと此処まで辿り着けた!!!
少しずつ、成長してるんだな。

キーワードは
「貢献」?
  1. 2007/07/02(月) 01:44:36|
  2. じぶん模索
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壁にもたれかかったらその壁くねくねした

あたち最悪。
今さっきバイト終了後
バイト先の
たこ焼きパーティ(只今真最中)に誘われて
「行く」
って言った
数分後
かくかくしかじか(中略)で
「やっぱ行かない」と自己処理。

本来ならその旨を、誘ってくれた方に伝えなければならない。というか伝えればそれで終わる話。
しかしあたしは何故かそれを言わずして
皆駐車場に居る中一人ピューっと車発進。さぁ帰宅!
途中 追いついてくれた浅井先生に「お前道知ってるの?」と言われてはじめて
行かないことにした結果を伝える。
(道なんとなくしか知らねーし)

うわー何このノリの悪さ!?
そしてモラルの無さ!?
配慮足りなさ!?
人間としてどうかしてる自分があらわになった一コマ。

言い訳はいくらでも作れる。
●バイト先の先輩一人に「えーお前来るのー?」と言われたのが冗談とは見えたが実際冗談か本気か分らなかったから行くの躊躇した。
●明日お昼グラパとグラマとバイキング行くから余裕もっておきたかった。
●ネットで慶應入試調べたかったんじゃい!

あーよー考えろよ自分。だからってそれって明らか言い訳じゃん。もーどーにかしよーよー。何かが自分の中であったからもともと行くの躊躇してたんっしょ?その何かを探すべきっしょ?
あーしかも今のこの表現、「小論文を学ぶ」での悪例の表現だよ。もーやになっちゃうね。
あ、まぁこの何かは此処に書くほどのことでも無いね。あと一個のほに書いとこっと。

最近毎日が楽しい。楽しいけれど、本を読まないと死にそうになる。答えが欲しい、答えが欲しい。何を探しているのか良く分からないけれど、楽しいけど苦しいです。

苦しい中に楽しさがあるのも知っています。発見があるから。自分の今までを悔やむけど、後悔するけど、これからやり直せるんだって思える。やりなおせる。気付けた。って。
苦しさと喜びが同時にあって、もう、ぶっちゃけ苦しいんです。体のどっか内部が痛くなるんです。心臓あたり? 
で、痛いんだけど、
発見できてよかったなってかなーり大きな喜びがあるの。 
この発見や見つめなおしの質の良さに感動するの。 

とにかく本を読もう。苦しいのは、探しているものがあるから。それが見つからないから。
許されるならば、一日中図書館で寝て起きて繰り返し本を読んで、読んで、高校の頃の友達と語り合いたい。書庫で熱く語った/マックでどんよりした/塾でフィーバーした/バス停で本音を語り合った あの時間が今はとても羨ましくて恋しい。その殆どが県外に行ってしまった。
今彼らが居ないから、こうやって感傷に浸っちゃっているんだろう。
彼らは本当に賢かった。優秀で。きっと、あたしと話をしていて、あたしのためを思ってしてくれた発言がいっぱいあっただろう。それであたしは救われた。頭の悪い私との会話を嫌がらず好んでやってくれた。
そういう人を今、あたしは必死で探している。
見つからなくて、カオスに入り込んだ。4月5月。
見つけたけど男の先輩だったことでうまく踏み出せずにいる今現在。

大きくなりたい。
自分を見つけるためにあたしは大学進学を選んだ。
就職はしなかった。祖父母の援助に甘えた。
生い立ちの劣等感を払拭したくて、大学に行こうって思った。賢くならないと、このままの最悪な自分で終わると思った。
高校3年生の受験生生活で、いっぱい考えて、生い立ちの劣等感は結構大きく払拭できた。(ここで肝に銘じなければならないことは、劣等感を薄めることが出来たのは周りの人、N先生や担任や部活の友達、その他友達のおかげってこと。彼らがいたから頭が動いた。)

今迷うことは、こんなにも
自分探しのためだけに時間を費やしていいのか?
ということ。
ネタがこんなにもあってこんなにも何度も何度もかけるのが凄いよ。
堂々巡りはしたくないって思うんだけど。。。


とにかくまとめ。
今とっても苦しい。息もしたくない。
でも、生きていかなきゃいけない。

しかも、現実は楽しい世界でもある。
大学の友達と居ることはとっても楽しい。
皆明るくて可愛くて、しっかりしてて、素敵な子達だ。
だから、その子達との出会いを大切に。
もったいないことにならないように、彼女達と居る時間を有意義に出来るように。

新しい人間のふれあいに慣れなくてしどろもどろしてもう何ヶ月も過ぎてしまったけれど、
そろそろ、頭を働かして、
彼女らについていけるよう、
そして、
今の環境を最大限に楽しめるよう、
こつこつと。
  1. 2007/07/01(日) 00:43:46|
  2. じぶん模索
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感謝の書留

自分用の車が届いた。
今の環境は、全部人様のお世話になったおかげで成り立っているものだ。

大学の入学金授業料、免許取得資金、車資金、保険資金、その他大学順応資金
以上が祖父母。

大学適応偏差値
はお世話になった全ての先生達のおかげ。とりわけ高校の古典教師と塾の英語の先生、高校の英語教師そして直前に世話になった塾のチューターは、彼らが居なければ私は絶対今こうやって大学生出来てはいないだろう。

これ以外も、友人。

祖父母に教師に友人。彼らが居なければ私はこうやって好きに大学生を出来るなんて幸せな環境に居ることは出来ない。
特に、祖父母の金銭的援助はことばではあらわす事が出来ない程感謝に尽きる。 約180万もの金を、私に何か見返りを求めることなく、彼らの意思でやってくれた。 
この大きな投資に見合う大きな人間に成りたい。
この気持ちを常に何処かに置いておきたい。

こうやって書いてはいるが、祖父母に対してはまだ何か心残りがある。そんなんでいいの?って。もうちょっと切り開くべきだ。あたしの幼い考えに自分のどこかが反発しているのかなぁ。早く大きくなりたいなぁ。
  1. 2007/06/10(日) 15:10:14|
  2. じぶん模索
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